心の旅・遠くへ行きたい2

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zoom RSS しばれるなあ〜味噌汁の詩

<<   作成日時 : 2013/02/09 00:43   >>

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お袋の味ってなんだろうと思うことがある。
誰もが母親の料理を食べて育ったわけだが、自分にとって食べ物の原点がお袋の味ではないだろうか。
それは決して高級食材を使ったものではなく、いつも何気なく食べていた家の味そのものでしょう。


ワテの場合は貧乏人の子だくさんで育っただけに、子供の頃はまともな料理を食べた記憶がない。
もともと食糧不足の時代だけに、どこの家も大して変わらないと思っていたら、同窓会でそんな話をするとどうも違っていた。
父親が町役場や地方銀行に務めていた家は、現金が入るために食べ物の苦労はしていなかったらしい。


それに比べ中風で寝たきりの親父がいる我が家には、現金収入もほとんどないわけで、お袋の行商で得るわずかな金で何とか食ってきた。
そんなこんなでお袋が作るものは何でも食べるしかない。


戦後も10年を過ぎたころから、世間の食糧事情も少しはましになった
我が家の食事もようやく世間らしくなったのか、腹が減ってたまらないということはなくなった。


時おり少しまともなおかずがあったとしても、それが飛び切り美味いと思うほどでもなかった。
毎度毎度食べているうちに舌がその味を覚えたのだろう。
その当時は全然気にしなかったお袋の味だったが、今になって時おり思い出す。


妻が作る手料理の中に、これだというものが二品くらいある。
誰に教わった味?と聞いてみるとワテのお袋に教えてもらった味付けだという。
そうなんや、この味はまさしくお袋の味そのものや。

その料理は「おから」と「ひじき」
安い料理でしょう(笑)これが我が家の現実や


沖縄育ちの妻には「おから」も「ひじき」も初めての味。
結婚するまで食べたことさえなかった味。
それを覚えたんだから、よく覚えてくれたと感謝するしかない。


沖縄には豆腐料理も昆布料理もあるけれど、「おから」に「ひじき」はなかったようだ。
たとえあったとしても沖縄風の味付けにどうしてもなってしまうが、関西風の田舎料理の味とは全然違う。
今でも時折これらの料理を作ってくれるけれど、何処に出しても自慢できる味ではないかな




曲名の味噌汁の歌について考えてみた。
みそ汁の具ってその家によって違うだろう。
何を入れたら美味しいのか、妻もそれなりに苦労があるようだが、自分なりに好みは伝えている。
でもなかなかそのようにはならないなあ(笑)

ワテにとって最高の味噌汁は「揚げ」と「ねぎ」が入った味噌汁
他に何も入れて欲しくない。
ところがどういうわけか、ワテの息子が揚げが大嫌いときている。
揚げが入っていたら揚げを出して食べている。


そうなると妻も亭主より息子の嗜好を尊重するらしい。
亭主の好みより息子の好みが優先するなんて、なんちゅう悪妻だろうか(爆)
ワテもしょうがないから自分の好みの「美味しい味噌汁」が登場する日を心待ちしている。


歌詞に出てくる陸前高田
震災で町は壊滅的な打撃を受けました。
市役所を中心に開けた町ですが、津波は町をすべて飲み込みました。
写真は陸前高田市市民会館です。


画像



画像



写真は奇跡の一本松
この松もついになくなりましたが、保存して残すことになりました。
大津波でも倒れなかった松ですが、人々を大きく勇気ずけた松ですね。


歌い直しました



味噌汁の詩 歌 : 千昌夫



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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
風さん、(^_^)/おはよー。
色々と戦中・戦後と生きる為に母親には色々と・・・
苦労があったと思います。父は軍属で戦地に行き・・・
日々苦しい思いしか残っていません。
多くの人命と風光明媚な景色が一瞬にして消えてしまった。
東日本大震災から早、一年あまりが過ぎようとしている。
一本の松も人々はいっしかこの松を奇跡の松・希望の松と呼び
人々にとって復興への希望の松でしたね。
良い歌をありがとうございました。
では(*^-^*)ノ~~マタネー。
たるさん
2013/02/09 05:51
おはようございます!風さん^^

今日の歌は力が入ってますね!
記事の内容が楽しくて
今、夫に改めて味噌汁の具、何が好きか?と問うてみました。
すると「ジャガイモとワカメ」と言ってます^^
「揚げ」は我が家でも次男が苦手です(笑
それにしても奥様の手料理がお母様からの直伝だったとは!
ウルウルしてくるお話でした^^
風さん、お幸せ^^ですね♪
yun
2013/02/09 09:09
懐かしいおふくろの味・・・のお話ですね。
記事にしても「味噌汁の詩」も時に思わず吹き出し、大いに納得しながら、読み・聞かせていただきました。
私の母の手料理の想い出はなぜか「酢鯖と」「おはぎ」
くいしんぼの母の味は、絶品でした。
蝿帳の中においてあると、一つ食べ、2つ食べ・・・
懐かしいですねえ。^^
三の君
2013/02/09 09:11
たるさん〜おはようさん

戦中戦後の日本は誰もが大変なときでした。
生きるために何をしたのかここで問うつもりはありませんが、子供のために頑張った母親が多くいたことは確かです。

物がない時代ゆえ空腹を満たすにはそれなりのことがあったことは察しがつきますが、今考えるとよく生きてきたなあと思いますね。

一昨年の大震災で再び大きな被害が出ました。
地域限定とはいえ放射能汚染の恐怖がまたもや繰り返してしまった。
どうしてこの国の政治家は、もっと放射能について考えないのだろう。
企業側の立場ばかりが尊重されて、そこで暮らす人たちのことはないがしろにされている。嘆かわしいことです。

お袋の味の話からそれてしまいましたが、原発は本当になくしてほしいと願っています。
風の旅人
2013/02/09 09:41
yunさん〜おはようさん

ご主人の好みはジャガイモとワカメ入りの味噌汁。
ワテも好きな味噌汁です。
ジャガイモが入っているとおいしいですね。

それぞれの家の味があっていいものです。
いも煮に代表されるように、yunさん宅は具だくさんの味噌汁かと思っていた(笑)

次男君は内と一緒でっか
やっぱりなあ
だからうちの息子はソフトクロームは食べない、シュークリームも食べません。どちらも揚げを想像するらしいんです。
別に食べないでも死にませんからいいけどね(笑)

妻の手料理で自慢できるものはいくつもないですよ。
一つか二つあればそれで十分じゃないかなあ(^_^;)タラー
風の旅人
2013/02/09 09:47
三の君さん〜おはようさんです。

酢鯖におはぎが絶品ですか。
酢鯖にはワテもうるさいでっせ(笑)
お母さん直伝の酢鯖、一度食べさせてほしいなあ\^o^/

おはぎも好きやけど、どちらかと言うとよもぎ餅がいい。
よもぎ餅を見たら買って食べたくなるが、最近のよもぎ餅ってよもぎの味がしないのはなんでやろ。
いつも食べてからがっかりします。

お袋さんの手料理を食べて育って今がある。
お袋さん〜感謝してまっせ。
風の旅人
2013/02/09 09:53
うちも貧乏でした。

父親1人の働きで、8人家族
遠足の時の白いご飯が嬉しかったです。
いつもは麦ごはん^^;

大きくなったら美味しいもんいっぱい食べるぞ〜
子供には何不自由なく育てました。
その結果。。。。失敗でした。

やっぱり我慢すると言う気持ちが無かったらいけないですね。
娘も最近母になり、解って来たようです。
nanagon
2013/02/10 01:57
私も旅人さんと同年代だから同じような食糧事情でしたから
手に取るようによくわかります。疎開先から以前あった家の近くに
帰ってくると周りは金持ちの人ばかりでそんなこんなで
苦い思い出があります。みなさんのコメントを読んで思い当たること
ばかりですy。
うさこちゃん
2013/02/11 16:59
nanagonnさん〜今晩は
同じ年代だとみんな同じように苦労して育ったんやなあ
人生捨てたもんじゃない、苦労した分今があるかも。

子育てでは失敗?

欲しいというものは買ってあげたり、食べ物の好き嫌いがあったりとか。
きっとわがままに育てたんやろ(笑)

我慢する気持ちは大事ですよ
ワテもパソコンやカメラだったら惜しげもなく(笑)
反省しております。
風の旅人
2013/02/11 20:24
うさこちゃん〜今晩は

やppりうさこちゃんも苦労したんや。
みんな一緒やなあ
安心したで(笑)

実は土曜日は岡山にいました。
稲荷山のヒリヒリ温泉で一泊。
翌朝早く高知まで走って行き、今日帰ってきました。
そのわけはなんでしょう・・・秘密です(笑)
風の旅人
2013/02/11 20:27

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