心の旅・遠くへ行きたい2

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zoom RSS 三度東北へ No3 大津波と火事・大槌町

<<   作成日時 : 2011/06/19 00:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 12

地元在住のKさんは元高校教師。
コメントを下さったdonko1さんはその教え子だったようです。
ブログを通しての偶然の出会いに拍手。


Kさんは少し体調を悪くされており、翌日函館まで行って手術をするようでした。
そんな忙しい身ではありますが、遠くからやってきたボランティアさん達に少しでも実情を知って欲しくって話されました。

約2時間ほど質問も含めてお話を聞いた後、我々二人は被災地をこの目で確かめてみる溜めに出発しました。
まずは釜石港周辺を見て回りました。


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阪神大震災の時に救援で入った経験のあるKさんも、阪神とは全然違う惨状に大変驚かれていました。
被災地を見ているだけで涙が出そうだとおっしゃって、途中でもうこれ以上見るのはいやだなあと言われましたが、釜石の隣町にある大槌町に向かいました。


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三陸はリアス式海岸の美しい町ですが、津波はどの入り江にも押し寄せてきて、10mを越すであろう防潮堤を乗り越えて押し寄せています。


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車から携帯で撮った写真ですからイマイチ鮮明ではありませんが、この村は壊滅していました。道路も壊れており、車を置くスペースもないので、車から降りて撮りたいところでした。

Kさんのお話に出てくる10mの防潮堤です。





大槌町は釜石と同じく港町ですが、釜石と違う点は港に大量の重油が流れて、それに火がついたものだから町は津波と火事で壊滅状態。
釜石では家は壊れていますが、大槌町では焼夷弾が落ちたように家も何もない有様。


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町全体を見たわけではありませんが、大槌港は釜石以上に大変な被害でした。
大きな防波堤が無惨な姿で倒れていたり、車のボディほどあるコンクリートの柱がぽっきり折れているなど、自然の驚異をまざまざ見せつけられました。



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夕方まで各地を回った後、大槌町から遠野のビジネスホテルに戻りました。
このホテルで連泊ですが、食事は朝夕ともなし
仕方がないので駅前の繁華街?に出かけて、一日の旅の疲れはこれしかないと言うわけで、好きな酒でも飲みながら、郷土料理でもと思ったのですが、飲み屋と言っても何処も変わりませんね(笑)


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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
風さんはすごいです。

私は未だニュース映像でさえ直視できません。

かっちゃ。
2011/06/19 01:14
かっちゃ。おはようさん

現実から目をそらしていては何も出来ません。
困った人がそこにいたら助けたくなります。
例え小さな事でも出来ることがあれば、現場に行ってお手伝いしたいと思っています。
かっちゃ。も体調を整えて仕事に励んでおくれやす。
その内一度飲みたいものですなあ\^o^/
風の旅人
2011/06/19 08:17
大槌町でも活動されたんですね。記録された惨状に、胸が締め付けられる思いです。大槌は周辺で、もっとも被害が大きいと聞いています。地震直後、津波対策に乗り出そうとした矢先、町長をはじめ町職員が波にさらわれ、多くの町民がいまだに行方不明のようです。私の友人の1人は、津波の前日に病死し、通夜を準備していたとき、遺体と家屋もろとも海に流されました。もう1人は、津波のときに地域の人たちを避難場所に誘導。2日3晩、バケツリレーで火事の広がりを止めようと活動。そのあとも避難所で救援活動をつづけていましたが、体調を崩して倒れたそうです。
 これからも長い長い復旧作業がつづくことでしょうが、風の旅人さんのご活躍は、たとえ目立たなくとも、尊い貢献として、私たちの記憶に残ることでしょう。
 (風の旅人さんが釜石でお会いしたKさんは78歳、私は73歳。Kさんは、先輩であり友人です。函館での入院。早く回復して欲しいなあ)
donko1
2011/06/19 08:32
donko1さん今日は
大槌町の被害は釜石とは比べものにならないくらい酷いものでした。
友人のお通夜の時に津波が襲って、そのまま遺体も家もさらってしまうだなんて、本当にお気の毒ですね。

住民総掛かりで町を火事から防ぐため、消火に当たられた話もテレビでは詳しく報じませんが、大変なご苦労があったものと推察されます。

町長始め職員も被害に遭われて、先頭に立っていく責任者不在の町では、全国から応援に駆けつけている自治体職員の手を借りながら、復興への道を進んでいます。
まだまだ続く長い戦いですが、気の長い支援を続けていくしかないですね。

Kさんの肉声をアップしましたので、懐かしい声をお聞き下さい。
その中に大槌の町の様子の中で10m越す防潮堤の話もされています。
風の旅人
2011/06/19 15:09
 親切なご配慮、ほんとうに、ありがとうございます。先輩の声を聞いたのは30年ぶりくらいかもしれません。当時とそんなに違わない話しぶりに、先輩の姿が思い浮かびました。
 大阪に飛んでいって、風の旅人さんたちとホルモン焼きを食べながら、一杯やりたい心境です。
donko1
2011/06/19 18:31
donko1さん今晩は
先生の話は約40分ありましたが、ホンの一部分だけですが流してみました。
5月に行ったときもお会いしています。
定年後は地元でも頑張っておられて、体の空いているときはボランティアのみなさんに釜石の実情を話されています。

大阪は空気もいいので肺気腫の方も大丈夫じゃないかなあ
その時ホルモンで一杯、いいですねえ
やりましょう
ワテも時おり上京する機会もあって、その折にでもお会いできると嬉しいなあ
風の旅人
2011/06/19 21:03
風丼♪お疲れ様です
写真を見ていますと言葉を失うばかりですが まだまだでございますよね
現場はたいへんでございますが 気持ちだけですが応援しています。


本当にお疲れ様でございましたね。
いろいろと読んでまいりましたが お話聞いているところここにコメントさせてもらいますね

たいへんに貴重なお話をされていますよね
ゆっくりと丁寧に元教師さんはお話しております
それを風丼♪はしっかりと聞いてますね

このようなすばらしいボランティア 頭が下がります
お疲れ様です ついつい何度も聞いてしまいました
何回も聞いてしまいました
涙が流れてきます

聞いてもらって嬉しかったでしょうね
風丼♪たちにお話してから手術とのこと きっと心が軽くなって嬉しくなって
病院に行かれたことと思います

本当に風丼♪お疲れ様です
なんと申し上げたらいいのかわからないです。。。。。。。
いろいろのボランティア体力がいりますでしょうが

お話を聞くことも どれだけ大変なことかと思います
動くことよりも体力いるかもわかりませんですよね。。。。

10メートルの防波堤のことはよくニュースで見てましたが
ここでのお話はとても貴重で詳しくお話なさってて 私はこのお話を忘れないようにしたいと思います

     はい あじ丼
紫陽花
2011/06/23 14:21
あじ丼毎度〜
コメントは何処でもいいですよ。
書いて貰えることが嬉しいですよ。

ボランティア作業の種類にもよりますが、無理をしないで年齢にあったものをするだけです。
こういうものは無理が一番禁物です。
ええ格好して若ぶっても、結局は皆さんに迷惑を掛けるだけ。
体力に応じた仕事をさせて貰う、この姿勢が大事だと思う。

多くの犠牲者を出した震災です。
現地はまだまだの状況です。
全国的にもボランティアの参加を呼びかけたいですね。
風の旅人
2011/06/23 18:42
私が直視できないのは
娘の友人らの死
私の友人の仲間の死

私もできることをしてますよ。
かっちゃ。
2011/06/26 06:32
かっちゃ。おはようさん
直視できないと書いてあったので、何故なのか考えていました。
そう言うことだったんですね。

多くの方が亡くなった今回の震災。
多くの悲しみがありました。
一人一人の心の奥にどうして?なぜ?と問いかけておられることでしょう。

この悲しみを乗り越えるのはずっとずっと先になるでしょう。
その人達の分まで幸せになって欲しいと願わずにはいられません。
お亡くなりになった友人の方に哀悼の意を捧げます。
合掌
風の旅人
2011/06/26 08:26
ありがとう♪
かっちゃ。
2011/07/04 07:53
かっちゃ。コンチャ〜
6月の中旬に東北に入りましたが、震災から3ヶ月も過ぎたのに復興はまだまだ先になります。
自分の出来ることをこれからもしていきたいと思っています。
そのうちかっちゃ。の所に顔出したりして
楽しみにしておいてください。
風の旅人
2011/07/04 17:08

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