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zoom RSS 東北へ1000kmの旅 No3 どんどはれ

<<   作成日時 : 2011/05/25 23:31   >>

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親しい仲間6人で岩手県の釜石市に入りました。
震災から2ヶ月過ぎましたが、今回は釜石でボランティアをすることに。


出発前に現地のVCに電話をして、この中高年のグループですが、何か出来る仕事はありますかと問い合わせました。
現地から幾らでもすることがあるので、是非来て欲しいとのこと。
そして何が今必要ですかとの問いに、家で使うものを中心に持ってきて欲しい、それと土嚢袋を用意して欲しいとのことでした。
自分の荷物もあるので車内はかなり窮屈ですが、援助物資を積んでいるので多少は我慢しなくっちゃ。


5人は地震が起きてから、東北に入るのは初めて。
釜石の町はどんな風になっているのか、前に来たことがある人には気になるところ。

到着して直ぐに釜石港を見てきました。
大きな漁業基地でもあった釜石港は壊滅状態。
港には大きな船が乗り上げており、大津波の威力をまざまざ見せられた。


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何千トンもある大きな船が波止場に乗り上げており、車や人と比較するとその大きさが分かります。

下の写真は2m近くの防波堤の上から馬乗りになった船ですが、あまりの重さに舳先はめり込んでいます。


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商店街もほとんどが潰されたり、シャッターがめくれたり、ガラスが破られたりで、2ヶ月過ぎても被害の大きさに唖然とするほどでした。


新日鐵釜石製鉄所の敷地でしょうか、山積みになった瓦礫の山
集積所として用地が確保できればいいのですが、大量の瓦礫の処分所を探すことも難しい状況です。


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押しつぶされたり破壊された大量の車を見ましたが、生活にはなくてはならないのが車です。
地方に住む人たちは随分苦労しているでしょう。


初日は徹夜で走ってきたのでみんな寝不足だけに無をせず、早めの宿入りをしました。
泊まったのは遠野にある民宿。

遠野に泊まったのは沿岸部に行くにも車で1時間の距離。
ライフラインもしっかりとしており、何よりも宿泊施設もある。
釜石など他の被災地に行っても、ほとんどが満室とか。
それで内陸部の遠野に設定。


最初は体育館で雑魚寝という案もありましたが、寝袋持参の上で眠れないかも。
それよりゆっくり足を伸ばして寝たいじゃないですか。
朝夕食事のある宿の方が安心だし風呂も入りたい。


そこで遠野に決まったんだけど、問題は宿主の注文でした。
ボランティアを泊めると、夜は騒がしくてたまらんとか。
10時半に消灯してくれる客だったらいいけど、そうじゃない客はお断りだとか。


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う〜ん 痛いところをつかれるなあ(笑)
こっちは夜の宴会で酒を片手に毒舌吐く予定(爆)


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まあ初日は寝不足でパタンキューだろうし、2日目もボランティアの内容次第では疲れてしまってまたもやパタンキューの可能性もある。
まず騒ぐことはないだろう・・・


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建物は馬と一緒に住んだ昔の農家、曲がり家
明治初期の建物と伺いましたが、家の内外は農機具や生活用品でぎっしり。
まるで昔の農家を見学しているみたい。


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おしらさまが出そうな家でもあるし、座敷わらしも出そうでした。

そこで昔話でもどうぞ。
題 「おしらさま」






結局二日間ともいい子でした(笑)

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
大震災による被災地でのご活動、そして応援歌。とても嬉しく、感謝しながらブログを拝見しました。私は遠野市で生まれ、釜石市の新日鉄で働き、30年余を岩手で過ごしました。友人、知人も、多くいます。本来なら、真っ先に駆けつけなければならないのですが、年齢が73歳。友人から、やんわり断られました。
 それだけに風の旅人さんとお仲間のみなさんの応援に感謝の気持ちでいっぱいです。被災地の方たちだけではなく、被災地に心を寄せている私たちをも励ますものです。
 機会がありましたら、景色の美しい宮古市以北の北山崎あたりでお休みになって下さい。 
donko1
URL
2011/05/26 06:29
私も3月末に釜石に行ってきました。
瓦礫片付けです。ほんとうにひどい光景でした。
あと大槌はさらにひどい状況でした。町全体が津波と火災とで
消失した地獄絵を見た感じが今でも忘れることができませんね
てちたん
2011/05/26 06:32
てちたんさん、ありがとうございます。
てちたんさんが行かれた大槌町にも、その隣の山田町にも友人がいます。大槌の友人の1人は、海岸近くに住んでおり、連絡もとれずに心配していましたが、その友人は津波の前日に亡くなり、通夜の日の津波で遺体と家もろとも波にさらわれた。その悲報を、あとになって知りました。もう1人の友人は、津波当日に近くに住む年老いた人たちを避難させたあと、2日3晩、バケツリレーで鎮火にあたり、さらに避難所の活動。いま体調を崩して治療しているそうです。
 1日も早く、被災地に陽が射すことを願わずにはいられません。
donko1
2011/05/26 07:12
donko1さんいらっ〜しゃい

新日鐵釜石で30年間働かれたんですか。
それじゃ町の様子が今どうなっているのかとても心配ですね。
今回の釜石シリーズで詳しく紹介するつもりですが、何分被災者の方たちのプライバシーにも関わりますので、表現にはとても気を使いますし難しい部分でもあります。

現在73才
気になる釜石に早く行って見たい、そのお気持ちは私たち大阪のものが感じている以上のお気持ちだと思います。

友人さんのお言葉で行くのを躊躇されているとか
決して邪魔なんかじゃありません。
大丈夫です。
高齢者と言われる方でも、元気なら何でもお手伝いが出来ます。
若い人とは一緒には出来ないけれど、高齢者ならではの仕事は幾らでもあります。
被災者の方達とおしゃべりをするだけでも喜ばれます。

私たちも平田地区にある雇用促進住宅にアンケートを取りに行きましたが、大阪から来ましたと言うと、本当に喜ばれて色々とお話を伺ってきました。
この話はこの後で紹介しますが、自分の年齢でも何かが出来ると確信して釜石入りをしてください。

釜石駅東側にシープラザ遊がありますが、そこのボランティアセンター(VC)があります。受付で仕事を紹介して貰うと良いでしょう。
電話 080−2802−2511
詳しいことはHPを参照下さい。
http://v.go-iwate.org/?p=1935

家の片付けとか、重装備で来て下さいと書いていますが、これは若い人向けです。年齢に応じた仕事はありますのでご相談下さい。
風の旅人
2011/05/26 11:00
(続き)
北山崎で次回は泊まるといいんですね。
何年か前になりますが、花巻〜遠野〜釜石〜久慈〜青森
このコースで旅をしたときに、北山崎を通過しています。
確かこの辺りで海が綺麗だったもんで、ここなら美味しい魚を食べさせてくれそうだと思い、民宿を訪問して今夜泊まれるでしょうかと伺いましたが、生憎満室だったので断られています。
仕方がないので久慈の国民宿舎「北限閣」に泊まりました。

大槌町には今回行けなかったので、次の機会がもしあれば行って見たいと思っています。
風の旅人
2011/05/26 11:01
てちたんさんいらっ〜しゃい
昨日は気持ち玉を有り難うございます。

てちたんさんも釜石に入られたんですね。
さすがに若いだけあって家の片付けに参加されたとか、本当にご苦労様です。

大槌町も津波と後の火災で町が消えたとか、今回訪問できなかったのが少し残念ですが、次回行くことがあれば何かお役に立つよう心がけたいですね。
風の旅人
2011/05/26 11:05
風丼♪たくさんお疲れ様ですね
どこから手をつけていったら良いのかしらと思うほどの津波の被害が。。。
こんなにも大きな船が簡単に動いてしまうってとてもいまだに信じられないほどです

おしらせさまの昔話は初めてでしたが

民宿の写真があじ丼には興味がいってしまいました
幼少時代に戻ってしまいました

ここのお家は大きな農家のようです
そのようなたいへん立派なお面などはありませんでしたが、私には農作業の道具が懐かしいです
風丼♪が写真を撮ってきて下さってとても嬉しいです

入り口の とうみ なんと懐かしい
ご飯を炊くお釜の大きいのも懐かしい
米を脱穀する足踏み脱穀機も懐かしい
囲炉裏 全部私の日常生活の場でしたものぉぉ〜〜本当に懐かしいです

さすがの風丼♪
リポーター 写真家 ナレーター
パソコン先生 忙しい〜〜
     ほい あじ丼(*^-'*)>☆
紫陽花
2011/05/26 13:34
あじ丼〜コンチャ〜でおます。

この地方では昔から家族と厩が一緒に暮らせる、「曲がり家」を建てています。この家も親戚の家だったのが、代が絶えた後は放置されていたのを改築して、宿として再生させたとおっしゃっていました。

当時の生活様式をそのまま使って残されており、あじ丼には懐かしいものばっかりでしょう。
ここには乗せていませんが石けんの豆?というのかなあ
エンドウ豆の親分みたいな豆ですが、乾燥させて置いてありました。
お話を聞くとヌルヌルするそうで、石けん代わりになるそうです。

他にも写真はありますが、あじ丼の家もこんな風だったんですね。
思い出話をする時は、こんな写真でよければお使い下さい。
風の旅人
2011/05/26 13:44
donko1さんのコメントの中に次のような記述がありました。
友人のお通夜の日に津波が家もろとも遺体ごと押し流しまった話を読んで、そう言うこともあったんですね。

大槌町では火災も発生して、2日3晩もバケツリレーで消火に当たられた友人の話、年齢が高いだけに相当な体力を要したことでしょう。
町にどんどん火が拡大していく中で、住民達は必死で火を消そうとしたんですね。頭が下がる思いですね。

風の旅人
2011/05/26 22:36
nonaさん今晩は
気持ち玉を有り難うございます。

故郷岩手を故郷に持っているnonaさんにとっては、津波で一変した風景は俄に信じがたかったでしょう。
救援に駆けつけたくても寸断した道路事情のため、直ぐには行けないもどかしさはいかばかりかと。

先日釜石を訪問してきましたが、年齢的には大きな事は出来ないけど、それでも出来る範囲でお手伝いをさせて貰いました。
故郷の復興を心より祈念いたします。
風の旅人
2011/05/26 22:40

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